確かに、そう聞いたんだ

2019年5月28日

母子家庭で育った。

お母さんは、優しく暖かかった。

兄弟とは、まあなんとか上手くやっていた。

しょっちゅうケンカしていたけど。

ケンカの原因は、決まって

お母さんの取り合いだった。

 

お母さんは、みんなに優しかった。

薄暗い家で、家族みんなで肩を寄せ合って

生活していた。

なに不自由しかない生活。

お父さんには、一度も会ったことがない。

 

人生の転機は、

急に訪れた。

 

家族が、 ある日突然

みんな離れ離れになった。

いわゆる”家庭の事情”ってやつだ。

あまり、まだ大きくなかったし

事情を、よく分かっていなかったのもある。

けど、寂しいという感情はあった。

悲しかった。

 

大きな男が迎えに来た。

少し、乱暴に担がれた。

痛かったことは覚えている。

車に乗せられた。

怖かった。真っ暗だった。

どのぐらいだろう…

車に揺られていた時間は分からない。

どうやら、どこかに到着したみたいだ。

さっきの大男が、

召使たちに指示をしている。

やっぱり、少し乱暴に担がれた。

気がつくと、部屋に押し込まれていた。

部屋の中には

年季の入ったベットが一つ。

申し訳程度に、娯楽品もあった。

部屋の扉が閉められ

施錠された。

 

おそるおそる、窓際に進んだ。

そこには

今まで、見たことがないくらいの

カラフルで綺麗な景色が広がっていた。

呆気にとられた。

興奮した。

キレイだ、キレイだ。

すごいすごい。

なんだか嬉しくて、嬉しくて

窓の端から端までを

行ったり来たりして

見える渡る景色の全部を

独り占めしようとした。

途端に鍵の開く音がした。

乱暴に扉が開いて

召使が、ご飯を持ってきた。

そして

また乱暴に扉を閉めた。

愛想なんてありゃしない。

完全に、いつのまにか

囚われの身みたいだ。

そのご飯からは

いい匂いなんて、全くしないし

質素だ。

でも、そんなことくらい

慣れている。

今までだって、そうだったから。

違うことは

家族がいないくらい。

やっぱり寂しいな…。

散々と景色も見たので

ちょっと飽きてしまった。

だから、申し訳程度の

娯楽品で時間を潰してみた。

そんなに時間は潰れなかった。

そうこうしているうちに

辺りが真っ暗になってきた。

すごく気が立っていたんだけど

疲れからか

眠りに落ちてしまった。

次の日、

使い古され年季の入ったベットの上で

起きた。

なんだか、家族や

お母さん、自分の匂いとは

異なる匂いがして

嫌だった。

鼻の奥に、そのなんだか分からない

不愉快な匂いがこびりついてしまった。

しばらくして、またご飯が

運び込まれてきた。

相変わらず乱暴だ。

会話もない。

仕方なく食べた。

やっぱり美味しくなかった。

こんな生活が

いつまで続くのだろうと思った。

しばらく、ぼーっと

外を眺めた。

唯一心が安らぐ瞬間だった。

 

 

瞬間だったはずなのに

窓から急に大きな音がした。

ドンドンッ!ドンドンッ!!

怖くて目をつぶってしまった。

怖くて怖くて

音の正体にバレないように

ゆっくりと回れ右して

ベット側に向いた。

心臓がバクバクいっている。

お母さん……助けてって思った。

しばらくして、音が止んだ。

けれども、遠くの方で

まだ音がしている。

心を紛らわそうと

窓に背を向けながら

娯楽品に集中した。

目一杯に集中した。

 

今度は窓から

コンコンッ!コンコンッ!!と

音がする。

やっぱり、怖くて怖くて

震えが止まらない。

今度は、力一杯目を閉じた。

それから、どれくらい

目を頑張って閉じていたかわからない…

ずっと頑張っていたと思っていたけど

気がつくと、眠りについてしまっていた…。

 

相変わらずの乱暴なドアの音で

目が覚めた。

外に連れ出された。

どうやら、外で過ごしていい時間みたいだ。

隣の部屋や上下の階に

囚われているだろう子と

初対面した。

みんな、浮かない顔しているように感じた。

中には、楽しそうに

外を満喫してる子もいたけど。

外で過ごせる時間は長くはなかった。

新鮮で自由な時間だったから

少しは気が紛れた。

でも、すぐに

部屋に戻された。

部屋が、綺麗になっていた。

召使の仕業だろう。

プライベートな時間なんて

ありゃしないと思った。

勇気を振り絞って

また、窓に近寄り外を見た。

先程までいた、場所に

別の子たちがいた。

順番に、召使たちが

連れてっているんだろうと思った。

そんな生活が続いた。

ドンドンする音も

コンコンする音も続いた。

気がおかしくなりそうだ。

夜になると、その

ドンドンとコンコンは

鳴らなくなった。

でも、その代わりに

隣の部屋と下の部屋の子たちの

泣いている声が聞こえてきて

落ち着かなかった。

 

また次の日、

やっぱり今日も、寂しかった。

どんどん頭がおかしくなっていった。

ある日、外に出れる時間のとき

自分の部屋を見上げてみた。

目印に娯楽品を置いてきたんだ。

三階だった。

最上階だった。

なんか、他のみんなより上の

上層階で

誇らしかった。

この生活での救いは

どれだけ寝ても、怒られないことだ。

前の家なら

無理やり、お母さんに起こされていたし

そうでなくても、兄弟から

タックルを受けて起こされていた。

今では

お母さんも

ケンカする相手もいない。

寂しい。つまんない。

ずっとずっと

そんな生活が続いたもんだから

とうとう

食べ物が喉を通らなくなってしまった。

日々、痩せていく。

気がおかしくなっていたからか

栄養が足りてなかったからか

わからないけど

近頃、意識が遠のいていく感じまでする。

トイレは出ていたので

内臓は、まだギリギリ元気みたいだ。

 

遠のいていく意識の中、

幻覚まで見えてきた。

見えない日もあるんだけれど

見える日は、それもまた怖かった。

今三階の部屋にいる。

でも、幻覚でいつも見えるその”何か”は

いつも、窓の外から

こちらを見上げている。

今日は見える日だった。

痩せてきたタイミングあたりから

聞こえなくなってきていたけど

もしかして

ドンドンとか

コンコンとかの音を鳴らしていたのは、

この”何か”だったのでは?と

途切れ途切れの意識の中思った。

 

だから

今持てるエネルギーを精一杯振り絞って

その”何か”を睨もうとした。

でも、間に合わずに意識が飛んだ。

 

目がさめると、その”何か”は

見えなくなっていた。

ホッとした。

それから、数日は見えなかった。

相変わらず

その間

ご飯はあまり喉を通らなかった。

そして、また見える日が来てしまった。

最近は余計に痩せてきたけど

前みたいに

ドンドンもコンコンも

全くと言っていいほど、

聞こえなくなってきた。

前に頑張って、”何か”を睨んだから

こっちに、ビビって

イタズラしなくなったんだと思った。

でも、その”何か”は

今日も変わらず

じっとコッチを見ている。

じっと…じっと…そっと。

それから、しばらくは

幻覚も見えなくなっていた。

つまらないながらも

日々をなんとか生き延びた。

 

最後に幻覚を見た日から

どれくらいの月日が過ぎたかな。

ろくに食事もとれず

酷く弱った。か細い身体になった。

最近では、外に出ることも

楽しくなくなってきていた。

ダラダラと動かずに寝て過ごす毎日。

コッチに、引っ越してというか

連れられてきてから

叶わないだろうけど、夢ができた。

家族と外の世界を知る旅に出ることだ。

まだ知らない世界を見てみたい。

弱っていく身体と反比例して

夢への思いはどんどん増していった。

そして、ある日のことだ。

鍵が開く音がして、ドアが開いた。

今日は、珍しく乱暴じゃない。

つぶっていた目を開けた。

幻覚の見える日だった。

もう、幻覚に何も思わなくなっていた。

力が入らない…

次の瞬間。

乱暴に……ではなく

丁寧に担がれた。

と思ったら、違う部屋に入れられた。

もう、どうなってもいいやと

目を閉じたまま

されるがまま身を任せていた。

丁寧だから今日は痛くなかった。

それだけで…もう満足だ。

違う部屋に入れられてから

どれくらい経っただろうか…

 

急に地震が起きて、さすがに目を開けた。

ずっと揺れている。こわい。

しばらくして、揺れがおさまった。

落ち着きを取り戻そうとした。

でも、また揺れた。それも何度も何度も。

おさまったかと、思っていたのに…

もう全部全部いやだ。全部が嫌だ。

あれもこれも…

いやだ。いやだ。いやだ。

そう思っても何も変わるわけじゃないことは

自分が一番わかっていたつもりなのに…。

揺れも自分もようやく、落ち着いた。

辺りを見回すと

その部屋は、真っ暗だった。

 

正確には

真っ暗な部屋に光が差し込んでいる。

その光は

ゆっくりと…

次第に…

大きくなっていく…

目の前、一面に

ぶわーと光が広がった。

眩しかった。

眩しくて、目が開けていられない。

 

 

2度目の転機の時が

とうとう来ていた…

そろそろ目が慣れてきた。

最初に目に映ったのは、

今まで一度も見たことのなかった

召使だった。

怖かった。

また乱暴に、担がれると思ったので

身構えた。

部屋に押し込まれると思ったので

身構えた。

召使の手はゴツゴツしていたけど、

今までで一番丁寧に担がれた。

ホッとしたのも束の間、

そこは、見たこともない部屋だった。

部屋の所々で

変な臭いもした。

またか……。と思った。

でも、その変な臭いは

少しだけ今までと異なっていた。

臭いか、臭くないかでいうと

臭い。

出来たら、もうちょっと

いい臭いがして欲しい。

けど、妙に暖かい匂いだった。

まるでお母さんの匂いのよう…

また、引っ越しだったんだ。

次の召使はどんなヤツなんだろう…

ゆっくりと部屋におろされた。

担がれていた事を忘れていた。

広い部屋だった。

前の家の倍くらいあった。

いや10倍くらいあるかもしれない。

相変わらず変な臭いがするので

鼻水が止まらない。

ボタボタと落ちてくる。

床に鼻水を落としてしまった。

やばい…

目の前にいる召使に怒られるかもしれない。

まだどんな召使かわからない…

痛いことはもう嫌だ。

すぐに

ティッシュを探そうと

召使を横目に見つつ

辺りを歩き始める。

誰のことも信用出来なくなっていた。

いつ、また乱暴に扱われるかわからない。

そんな不安で

ドキドキ緊張していた。

必死で、ティッシュを探したけれど

なかった。

怖くて震えた。

いや、震えることしかできなくなっていた。

召使のことなど、見れなくなっていた。

視界の横を

ゴツゴツした手が通った

こわい、こわい、こわい…

助けて。助けて。助けて…

そのゴツゴツは、鼻の前まで来て止まった。

叩かれると思った。

身構えた。

ゴクリッ………

でも、意外だった。 その手は

ゆっくりと優しく

鼻を拭いてくれた。

痛みなんて、ちっともなかった。

召使らしく、床も拭いている。

いつもの召使と違う。

ちっとも乱暴じゃない。

逆に不安になった。

しばらくして

いつものように召使が

ご飯を持ってきた。

ビックリした。

すごくいい匂いがする。

見たこともないご飯だ。

珍しくヨダレが出た。

ヨダレが止まらなかった。

ご飯にガッついた。

召使は何も言わず

ヨダレの跡を拭いている。

世の中に、

こんな美味しいご飯があることに、

感動した。

ご飯が終わって、いつも通り

何も楽しくない時間をどう潰すか

考えていた。

新しい家には、眺めの良い窓がなかった。

娯楽品だってなさそうだ。

これから退屈だろうな…

心配になった。

でも、美味しいご飯が食べれたので

まあ、それなりに

気分は良かった。

すると、また意外にも

召使が、遊びに誘ってきた。

ビックリした。

今までそんなこと一度もなかった。

そんなこと許されなかった。

怖くて震えた。

やっぱり、鼻水も出た。

けど、しつこく召使が遊びを誘ってくる。

罠かな?

試されているのかな?

信じれなくなっていた。

試しに少しだけ、遊びに乗っかってみた。

何もしてこない。

ただ、楽しい時間だ。

その日は、警戒しながら

しつこい召使を”遊んでやった”。

辺りが暗くなってきた。

もうそろそろ、寝かせて欲しい…

けれど

召使が”新しい家”から

いつになっても出て行ってくれない。

いい加減にしてくれよ…と思っていた。

召使は、勝手に”新しい家”に

布団を敷きはじめた。

陽気に鼻歌まで歌っていやがる。

少しイラッとしたけど

乱暴にされるのは、嫌なので黙っておいた。

その頃には、鼻水も震えも止まっていた。

でも、なんだか

布団を敷いてからの方が

余計に臭かった。

 

それから数日が過ぎた…

結局、この召使は

この”新しい家”に住みつきやがった。

まあ、悪いやつではなさそうだ。

でも、まだ警戒は怠らない。

根深い過去のトラウマ。

美味しいご飯も持ってきてくれるし

掃除だってしてくれるんだけど

まだ信じない。

もう家族以外は、信じない。。。

そう決めていた。

この召使は

1人で寝かせてくれないのも

鬱陶しい。

なんだかお母さんのような

暖かさがあったけど。

毎日毎日、召使が遊びにも誘ってくる。

うっとうしい。

寝ていたいのに…

でも…そんな毎日が…

楽しくなってきていることにも

薄々勘付いていた。

そんな、日々がしばらく続いた。

相変わらず、まあまあイイ奴だ。

でも、イイ奴だと思っていたのに…

とうとう事件は起きた。

 

召使とは違う、大男が”新しい家”にやってきたんだ。

召使が、何の抵抗もせずに招き入れたんだ。

裏切りやがった。

その大男は、”新しい家”に上がるなり

辺りを上から下まで見まわしている。

そして、目が合った。

一目散にこっちに来た。

怖くて、やっぱり震えた。

もう嫌だ。部屋の隅に急いで逃げた。

大男はそれ以上は、無理に近づいて来なかった。

まさか…コイツもまあまあイイ奴なのか?

少し心が揺らいだ。

大男がボソッと独り言を言った。

 

「意外と広いな…」

 

言い終わると、またコッチを見てきた。

今度はこっちを見ながら微笑んでいる。

こわい。

でも次の瞬間。大男が召使のほうを向いて

嬉しそうに言った。

 

「おっさん!おっさん!! この子が…”はなこ”?」

 

確かに、そう聞いたんだ…

それからのことは、不思議と覚えていない。

でも…

確かに、そう聞いたんだ…

そして、私は今…

 

”おっさん”と呼ばれていた召使と

ゆっくり

まだ見ぬ外の世界を

歩き始めているところだ。

また次回。

        

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